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武

武富時敏

たけとみ ときとし
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武富 時敏(たけとみ ときとし、1856年1月16日〈安政2年12月9日〉- 1938年〈昭和13年〉12月22日)は、明治から昭和にかけての政治家。第1次大隈内閣書記官長、第2次大隈内閣逓信大臣および大蔵大臣。佐賀藩出身。幼名は元吉郎。唇堂と号した。 佐賀藩士・武富良橘の長男として佐賀に生まれる。明治維新後、一旦上京して英学を学ぶが、後に帰郷して独学の後に塾を開く。佐賀の乱に参加するものの、首謀者ではなかったために無罪放免となった。1878年(明治11年)に家永恭種らが開校した私立中学校「戊虎義学」で教師を務める。 その後、再び上京して大学南校で学んだ。副島種臣と出会い、1882年(明治15年)の九州改進党の結成に参加し、「肥前日報」を創刊。

出典:ウィキペディア「武富時敏」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋