黒岩 弘(くろいわ ひろし、1933年7月1日 - )は、長野県上高井郡日野村出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 長野県上水内農学校(現長野県長野吉田高等学校)で野球を始める。最初は遊撃手であった。戦後長野県須坂商業高等学校に入り直し、投手に転向しエースとなった。卒業後国鉄長野工場を経て東京鉄道管理局に移り、熊谷組に補強され都市対抗野球で優勝する。 1954年に国鉄スワローズに入団した。 緩いカーブ、シュート、スライダー、シンカーと制球力を武器に金田正一以外は脆弱な国鉄の投手陣を支え、入団1年目と2年目はそれぞれ4勝をマークしている。1958年限りで引退し、東京都内の家具会社に就職した。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。
出典:ウィキペディア「黒岩弘」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
