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吉

吉富朝次郎

よしとみ あさじろう
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吉富 朝次郎(よしとみ あさじろう、1868年3月10日(慶応4年2月17日) - 1941年(昭和16年)8月4日)は、日本の洋画家である。岡山県における美術教育に尽力した。 良吉・飛佐の次男として、備中国(現・岡山県総社市田町)で生まれた。吉富家は昔「小寺屋」と称し、酒造業や刻み煙草商を営んでいたが、農業にも従事していた。総社市西宮本町の堀和平が神戸に行って外人から油絵の技法を習得して帰り、自宅のアトリエでさかんに製作しているのを見よう見まねで自分も画くようになった。この頃、総社市門田の満谷国四郎は、堀和平と甥・叔父の間柄であったので、しばしば遊びに来て、6歳年上の朝次郎に兄事していた。その後、朝次郎が一時浅尾小学校(現総社市門田)で代用教員を務めた頃、国四郎は彼の教え子であった。

出典:ウィキペディア「吉富朝次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋