堂野 夢酔(どうの むすい、1944年(昭和19年)8月18日 - )は、日本の水墨画家。本名・堂野修吾。血液型B型。 出生地は父の赴任先であった兵庫県有馬郡三田村(現・三田市)であるが、終戦とともに一家は本籍地の兵庫県揖保郡越部村(現・たつの市)に帰郷したため、夢酔本人は「三田の記憶はなく母や姉から三田時代は話で知るのみです。」としている。新宮町立越部小学校・新宮町立新宮中学校・兵庫県立龍野高等学校を経て大阪工業大学機械科卒業。 1966年(昭和41年)の姫路大博覧会で見た硬貨計算機に興味を覚えその製造元であった国栄機械(現・グローリー株式会社)に入社。第二検査係、三井造船玉野出向を経て企画・開発部門で主に銀行向けOEM製品の開発等に従事、1978年(昭和53年)より東京事務所所属となり東京と姫路を往復する勤務を続ける。
出典:ウィキペディア「堂野夢酔」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
