川喜多和子(かわきた かずこ、1940年(昭和15年)2月1日 - 1993年(平成5年)6月7日)は、日本の実業家であり、海外の映画を日本国内に数多く配給したことで知られる。元夫は俳優・映画監督の伊丹十三。 東京都出身。父・川喜多長政、母・川喜多かしこの一人娘として聖路加病医院で生まれる。父の仕事の都合で、中国の上海・北京で育つ。上海で暮らした3歳の頃にはロシア人の先生についてバレエを習いだす。第二次世界大戦の敗戦により、引き揚げまでの2ヶ月は収容所で過ごした。1946年(昭和21年)2月に帰国。生家であった麻布の邸宅は空襲により焼け落ちていたため、鎌倉へ一家で転居した。1947年(昭和22年)御成小学校入学、その後、御成中学校へ進学し、東勇作バレエ団に入団。
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