谷口 久吉(たにぐち ひさきち、1889年 <明治22年> 12月1日 - 1968年 <昭和43年> 11月2日)は、日本の経営者。中国銀行副頭取、山陽新聞社長、山陽放送社長を歴任。位階は正五位。 岡山県津山市出身。1908年に泰西学館中学部を卒業。1946年に中国銀行副頭取、1947年に山陽新聞社社長を経て、1953年4月には山陽放送社長に就任し、1965年5月には会長に退いた。 1961年に岡山県文化賞を授賞し、1962年に藍綬褒章を受章し、1965年に勲三等瑞宝章を受章。 1968年11月2日、心筋梗塞のために死去。78歳没。死没日付をもって正五位に叙された。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
出典:ウィキペディア「谷口久吉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
