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北

北野うし

きたの うし
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北野 うし(きたの うし、1873年(明治6年)9月 - 1963年(昭和38年))は、女義太夫の太夫(語り手)。ビートたけしら有名人を輩出した北野家の祖である。 1873年9月、徳島城下の通町で粉問屋を営む北野鶴藏の娘として生まれた。実家は裕福な商家であったと伝えられる。その後、女義太夫の太夫となり、芸名竹本八重子を名乗る。日本では明治20年代から30年代にかけて娘義太夫が大流行し、うしも花形の一人であったという。 折からの不況で家計を助けるために1892年に上京。以後は東京各地の寄席に出演していた。明治後期に娘義太夫を引退し、息子の徳次郎をもうける。 大正後期、成人した徳次郎は明治大学を卒業後セメント会社に勤務し、北野家はある程度裕福であったとされる。

出典:ウィキペディア「北野うし」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋