岩仲 義治(いわなか よしはる、1892年(明治25年)12月3日 - 1947年(昭和22年)2月9日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 鳥取県出身。鳥取中学校(現鳥取県立鳥取西高等学校)、大阪陸軍地方幼年学校、陸軍中央幼年学校を経て、1914年(大正3年)5月、陸軍士官学校(26期)を卒業。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第40連隊付となる。1925年(大正14年)11月、陸軍大学校(37期)を卒業し歩兵第40連隊中隊長に就任した。 陸軍歩兵学校教官を経て、1927年(昭和2年)12月から1928年(昭和3年)4月まで、陸軍自動車学校で甲種学生として学んだ。以後、歩兵第59連隊大隊長、歩兵学校教官、教育総監部課員、第8師団参謀、第7師団参謀、陸軍戦車学校教官などを務め、1937年(昭和12年)8月、歩兵大佐に昇進。
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