高橋 小十郎(たかはし こじゅうろう、1881年〈明治14年〉12月24日 - 1943年〈昭和18年〉4月3日)は、実業家、2代豊橋市長。 1881年(明治14年)12月24日、愛知県八名郡賀茂村の竹尾準の次男、竹尾茂彦として生を受ける。札幌農学校卒。 1907年(明治40年)、豊橋市船町の問屋業高橋小十郎(久助)の養子となる。 1912年(明治45年)、初代豊橋市長大口喜六の後を継ぎ2代市長に就任する。 1913年(大正2年)、飯村溜池不正事件の責を負い辞任。先代の大口市長も疑獄事件に関連して辞任したが、結局2代続けて市政の不正事件に関連して市長が辞任する事態となった。 1918年(大正7年)、実父である竹尾準の後任として三遠銀行頭取に就任し、同年豊橋商業会議所会頭にもなる。
出典:ウィキペディア「高橋小十郎 (豊橋市長)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
