金子 元三郎(かねこ もとさぶろう、1869年5月19日(明治2年4月8日)- 1952年(昭和27年)4月11日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員(立憲同志会)、貴族院多額納税者議員、初代小樽区長。 越後国三島郡寺泊町(現・新潟県長岡市)で資産家の家に生まれる。幼少時に北海道松前の富豪、先代・金子元三郎の養嗣子となり、その後、養父と共に小樽に移る。 東京に遊学し、頭山満、井上角五郎らと交わる。1891年(明治24年)中江兆民を迎えて『北門新報』を創刊し、自由民権を唱道した。1900年(明治33年)1月、小樽区の初代区長に就任し、道路、水道、港湾、学校施設の整備を推進した。1902年(明治35年)8月、石川県出身で元代議士の遠藤秀景に誘われ第7回衆議院議員総選挙に金沢市選挙区から出馬したが落選。
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