岸 吉松(きし きちまつ、1871年(明治4年) - 1956年(昭和31年))は、新潟県出身の実業家。岸宇吉の子。アメリカ合衆国テキサス州南東部に移住して当地に稲作を広め、また当地での石油採掘で財を成した。現地では「バロン・キシ」と呼ばれた。 岸吉松は新潟県長岡市の名家に8人兄弟の1人として生まれた。東京高等商業学校(現一橋大学)に進学したものの、1904年に日露戦争が勃発すると徴兵され、翌1905年の終戦まで満州にとどまった。その後、岸は満州に残ることを望んだが、地価と治安の問題により帰国した。 岸が渡米する数年前、1902年に、駐米総領事内田定槌はアメリカ合衆国南部を視察し、当地の稲作は未発達で、大きな利益が望めるとの報告を持ち帰った。
出典:ウィキペディア「岸吉松」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
