有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
小

小林経旺

こばやし つねお
Wiki ↗

小林 経旺 (こばやし つねお、1926年1月1日 - 生死不明 )は、長野県出身の元プロ野球選手(投手)。 1948年の登録名は小林 常夫、1949年から1954年は小林 恒夫。 通算100敗以上しながら、唯一通算50勝未満の投手であり、負け越し数「64」(46勝110敗)のプロ野球ワースト記録を保持する。 台中商業、社会人野球の台湾電力、上田栞製作所を経て、1947年に国民野球連盟の大塚アスレチックスに入団。翌1948年に大塚の金星スターズ買収に伴い金星スターズへ移ると、監督であった石本秀一の指導で頭角を現す。翌1949年に石本が大陽ロビンスの監督に就任する際に、小林も連れていこうとする。これに対して、金星の後継球団である大映スターズが二重契約であると主張。

出典:ウィキペディア「小林経旺」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋