塩原 秩峰(しおはら ちつみね、1880年(明治13年)8月19日 - 1937年(昭和12年)3月24日)は、大正時代から昭和初期に活躍した日本の演歌師、歌手。栃木県那須塩原市出身。 初期の京都オリエントで書生節を多数吹き込み、「レコード流行歌」の普及に大きな功績を持った鳥取春陽に次ぐ、人気演歌師である。やや低めの歌声が特徴。代表曲には『平和節(ジョーヂァソング)』、『金色夜叉』、『春爛漫の花の色』などがある。京都オリエントがニッポノホン大阪支社レーベルになってからは新録音発売は途切れたが、1934年(昭和9年)、大阪ニットーで吹き込んだ『兵隊ぶし』で再びヒットを放つ。片面は美ち奴とデュエットの『水兵ぶし』で、塩原はこの2曲を最後に引退する。
出典:ウィキペディア「塩原秩峰」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
