川勝 秀氏(かわかつ ひでうじ)は、戦国時代の武将、安土桃山時代の小大名、後に江戸時代前期の旗本。秀氏流川勝家(本家)の初代当主。 弘治元年(1555年)、室町幕府13代将軍・足利義輝の奉公衆・川勝継氏の嫡男として、丹波国の桑田郡中山または北桑田郡美山町(現南丹市)静原の島城に生まれた。 父と同じく義輝に仕えるが、足利将軍家の没落後は、織田家に転じた。 天正5年(1577年)、織田信長に従って紀州征伐に参陣した。戦功によって感状を賜る。 その後、豊臣秀吉の馬廻を務めて、「秀」の一字を拝領して秀氏と称した。 天正10年(1582年)9月9日、丹波国何鹿郡内に3,535石を秀吉より与えられた。父継氏の家督を継ぎ、丹波内1万石余を領していたとされる。
出典:ウィキペディア「川勝秀氏」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
