田村 宗立(たむら そうりゅう、弘化3年8月20日(1846年10月10日) - 大正7年(1918年)7月10日)は、明治期の洋画家、画僧。別号に月樵、十方明。京都において浅井忠に先立って洋画普及の礎を築いた。 丹波国船井郡上河内村(現在の京都府南丹市園部町船岡)に田村宗貫と佐野忠左衛門の次女尚子との間に生まれる。宗立は僧名とする説もあるが、師・憲海は弟子に法諱を授ける際に「憲」の字を与えるのが基本で、父の名が宗貫な事や遺族の証言から戸籍名で、本名を法諱に転用した可能性が高い。公卿中山家に仕えた父に従い、幼時を京都、亀岡で過ごした。3歳ではじめて絵筆を持ち、9歳の時百人一首を模写して周囲を驚かせたという。
出典:ウィキペディア「田村宗立」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
