松村 精一郎(まつむら せいいちろう、嘉永2年(1849年) - 1891年(明治24年)5月10日)は明治時代の漢学者、聾啞教育者。越中国福光町(富山県南砺市)出身。幼少時奇病により聾啞者となる。稲坂謙吉、中村正直等に学び、金沢に聾学校金沢盲啞院を創立したが、2年で廃校となり、その後福光、富山、金沢で漢詩文を教え、また一時期富山で『中越新聞』客員を務めた。 嘉永2年(1849年)越中国砺波郡福光村新町(富山県西砺波郡福光町新町村44番地)旧家松村与三郎の次男として生まれた。5歳で宮永菽園に経史の句読を学んだが、6歳で天然痘に罹患、奇病を併発し、7年間病床に伏した結果、聴覚・発話・歩行に障害を負った。
出典:ウィキペディア「松村精一郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
