橋口 信助(はしぐち しんすけ、1870年4月16日 - 1928年2月16日)は、日本の実業家である。住宅メーカーである「あめりか屋」の創業者。 1870年4月16日(明治3年3月16日)、宮崎県南那珂郡飫肥町大字板敷で、橋口善吉と妻・トメの間に生まれる。1885年(明治18年)9月に東京商業学校に入学するも、半年後の1886年(明治19年)2月に中退し、郷里に戻り父を助けて鉱山業に従事する。橋口は石炭採掘業のほか、木材伐採業などにも手を出していたようであるが、いずれも失敗し、義理の従兄弟にあたる小村寿太郎を頼り、再び上京する。明治20年代に、妻・マツと結婚する。マツとの間には4人の子どもを設けた。
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