小笠原貞信(おがさわら ていしん、1853年3月31日(嘉永6年2月22日)- 1903年(明治36年)2月18日)は、福島県出身の法律家、衆議院議員(第2回、第3回)。福島民報初代社長(在任:1892年 - 1896年)。旧姓・今江。 陸奥国安達郡、のちの福島県安達郡二本松町(現二本松市)で二本松藩士・今江又兵衛の子として生まれる。12歳の時に二本松藩士の小笠原是馬助の養子となる。1875年に上京し、翌年の9月に司法省法学校の第二期生として入学する。その後、1884年7月に修業年限8年(予科4年、本科4年)を終え、法律学士の称号を得る。検事試補となり、千葉始審裁判所に勤務し、1885年12月に検事として任命される。
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