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大澤多門

おおさわ たもん
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大澤多門(おおさわ たもん、1834年(天保5年) - 1906年(明治39年))は、八戸藩士、八戸町戸長。えんぶりの復興者でもある。 八戸藩士・根井沢悟の子として生まれる。幼名は信吾。嘉永3年(1850年)に家督を相続した。 明治元年(1868年)に野辺地戦争において八戸隊副隊長を務める。戊辰戦争後に「大澤多門」と名を改め、明治6年(1873年)に八戸町戸長となった。その後えんぶりの再興や八戸三社大祭の振興に寄与した。長者山新羅神社近くに於多福座という劇場も作っている。 晩年は階上村(現在の階上町)道仏で隠居生活を送ったと言われている。 最も多門の功績として知られているのが、えんぶりの再興である。

出典:ウィキペディア「大澤多門」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋