平岡 力(ひらおか りき、1889年(明治22年)9月29日 - 1980年(昭和55年)8月2日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級。 鹿児島県日置郡吉利村(日吉町を経て現日置市日吉町吉利)で生まれた。陸軍士官学校第24期卒業。1938年(昭和13年)7月15日に陸軍歩兵大佐進級と同時に鹿児島連隊区司令官に着任。1940年(昭和15年)8月に歩兵第45連隊長(第11軍・第6師団・歩兵第36旅団のち第6歩兵団)に転じ、日中戦争に出動。岳州から第一次長沙作戦、第二次長沙作戦などに参加した。 1942年(昭和17年)11月に横浜連隊区司令官に就任し、1943年(昭和18年)3月に陸軍少将に進級した。
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