藤田 一郎(ふじた いちろう、1886年〈明治19年〉5月5日 - 1949年〈昭和24年〉9月19日)は、日本の実業家、土木建築請負業、地主。藤田組(現・フジタ)初代社長。広島県多額納税者。東亜木材防腐社長。広島商工会議所顧問。族籍は広島県平民。参議院議長を務めた藤田正明は甥。 広島県賀茂郡中黒瀬村字大多田(現・東広島市黒瀬町)の農家に生まれた。藤田次助の二男。1900年、高等小学校を卒業。 郷里で百姓のまま埋もれたくなかったため、広島市で請負業をやっていた母方のおじに当たる森信正市の店で小僧として働く。土木建築業の見習いの傍ら夜学に通い、建築や簿記を学ぶ。17歳の時、アメリカへの密航を企てたが、失敗に終わり再び森信方に連れ戻された。
出典:ウィキペディア「藤田一郎 (実業家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
