金津 滋(かなつ しげる、1923年(大正12年)4月1日 - 1996年(平成8年)7月25日)は、日本の染色工芸家。島根県松江市出身。 出西窯が創業まもなく方向性も定まっていなかった昭和24年晩春、金津は松江美術工芸研究所の同窓であった石村英一、多々納利雄とともに出西窯を訪れた。窯の様子をみた金津は、「美しさも志も感じられん」と言葉を残して帰っていった。数日後、出西窯を再訪した金津は、柳宗悦著『私の念願』と浜田庄司作の急須等を置いていった。その本を読んだ出西窯の多々納弘光は、柳の工芸論に感銘を受け、民藝の考え方による実用の陶器をつくろうと決心する。その後、多々納をはじめとする出西窯のメンバーたちは、金津が仲介となり河井寛次郎と会い、民藝運動の指導者たちに指導を受けたことで、民藝運動に本格的に参加することとなった。
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