辨開 凧次郎(べんかい たこじろう、1847年(弘化4年)6月 - 1924年(大正13年)10月23日)は、アイヌの家畜商、のちに許可を受けて獣医を兼業した。アイヌ語によるアイヌ名は「エカシバ」。なお、「辨開」を「弁開」と表記することも多い。 のちに二海郡八雲町落部となる地域のコタンに生まれ、20歳で落部コタンのリーダーとなる。当時の獣医にあたる伯楽の活動で周囲から尊敬を受け、薬草の知識もあり、また造園家としても活躍した。 1900年(明治33年)5月、皇太子明宮嘉仁親王の結婚の儀に際し、ヒグマ2頭を献上した。この時のアイヌ正装姿の写真が小学校教科書にアイヌ風俗として掲載された。また、凧次郎は皇室より、紋章付の器具、菓子、巻煙草、酒、手箱、千本松の盆栽32本(「御所の松」)を拝領し、明治天皇・皇后引見の栄誉を受けた。
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