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楠

楠城嘉一

くすき かいち
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楠城 嘉一(くすき かいち、1883年〈明治16年〉10月3日 - 1942年〈昭和17年〉)は、大正から昭和時代前期の政治家、銀行家。鳥取県鳥取市長。旧姓は西垣。 西垣新次郎の三男として鳥取県八頭郡隼村(現・八頭町)に生まれ、楠城勘太郎の養嗣子となる。1917年(大正6年)10月、鳥取市会議員に当選し、以来1927年(昭和2年)12月まで在職する。ほか、協立銀行取締役、鳥取市参事会員、鳥取市会議長などを歴任し、1927年(昭和2年)12月20日、鳥取市長に就任した。 市長在職中は、下水道の新設、鳥取市立病院の設置、市立高等女学校・青年学校の新設、鳥取放送局の設置などに尽力した。

出典:ウィキペディア「楠城嘉一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋