依田 道長(よだ どうちょう / みちなが、1845年2月2日(弘化元年12月26日)- 1923年(大正12年)8月3日)は、幕末から大正期の豪農、実業家、政治家。衆議院議員。幼名・熊弥太。 甲斐国山梨郡下井尻村(山梨県東山梨郡日下部村、日下部町を経て現山梨市下井尻)で、豪農・依田帯刀の長男として生まれる。元治元年(1864年)新徴組に加わるが、その後帰郷し、新徴組取締の山岡鉄太郎(山岡鉄舟)に入門し撃剣を学んだ。上黒駒村(現笛吹市)の武藤藤太と国事に奔走し、勤王運動に加わった。 明治維新後、明治5年(1872年)下井尻村戸長に、1876年(明治9年)学区取締総理に就任。1880年(明治13年)峡中同進会員となり自由民権運動に参画。
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