藤原 利三郎(ふじわら りさぶろう、明治元年11月1日(1868年12月14日) - 昭和10年(1935年)5月9日)は、平鹿ゴールデンを生み出した秋田県出身の果樹園芸家で、「リンゴ栽培の父」と称されている。 利三郎は1868年に養蚕振興の先駆者として名高い茂木亀六の六男として出羽国(現在の秋田県)の雄勝郡(現在の湯沢市、昔の稲川町)で生まれた。 18歳で藤原家の養子となった後、養蚕業の代わりとなる産業を探していた利三郎は、果樹の栽培の視察で山形に行った際にりんごの苗を手に入れた。それをもとに20歳の時に利三郎は杉林を切り開いて苗を植え、周囲の目を跳ね除けてリンゴ栽培に励んだものの、1894年の綿虫大量発生で大損害を受けた後にブドウやサクランボ、梨なども取り扱う多角的な経営を始めた。
出典:ウィキペディア「藤原利三郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
