古野 伊之助(ふるの いのすけ、1891年〈明治24年〉11月13日 - 1966年〈昭和41年〉4月24日)は「同盟通信社」を運営した日本の通信事業経営者。 1891年11月13日、三重県朝明郡富田村(現在の四日市市)に織物業を営む古野宗七の長男として生まれた。5歳のとき、父が事故で亡くなると一家は経済的に逼迫した。高等小学校を卒業した年に上京。洋品店の小僧、次いで株屋の店員として働きながら神田の国民英学校へ通った。1909年から京橋区瀧山町六番地のAP通信東京支局で給仕として働いた。当時の支局長は元ワシントン・ポスト特派員のジョン・ラッセル・ケネディ(John Russel Kennedy)というアイルランド人であった。
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