初代坂口 平兵衛(さかぐち へいべえ、嘉永7年6月9日(1854年7月3日)- 昭和8年(1933年)7月31日)は、日本の実業家、政治家。貴族院議員、町会議員、郡会議長を務めた。鳥取県平民。鳥取県多額納税者。 坂口合名会社・代表社員会長2代目坂口平兵衛の実父。 米子・尾高町に生まれた。坂口家は藩政時代“沢屋”と称し、綿、木綿仲買業を営んでいた。米子の商家ではまず中堅クラスであった。 青少年時代についてはくわしいことはわからない。同家所蔵の『歴代伝記』によると、幼にして学に志ざし、今井芳斎、高嶋倫閑、樋野含斎などの門に入り漢学を修め、長ずるに及んで家業のため大いに妨げられたが、余暇常に書をひもとき竹馬の友と遊びごとはほとんどなかったと述べている。
出典:ウィキペディア「坂口平兵衛 (初代)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
