戸狩 権之助(とがり ごんのすけ、1852年4月21日(嘉永5年3月3日) - 1923年(大正12年)3月12日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。 山形県出身。山形県議、同常置委員、同参事会員、米沢市議、同議長となる。また、山形運輸(株)社長、山形商業会議所会頭、山形米穀生糸株式取引所理事長を務めた。 米沢市の生まれ。父は米沢藩士の戸狩権之助(同名)で、父の名を襲名している。1879年に山形県会議員に当選し8期を務める。1890年の第1回衆議院議員総選挙に出馬するも落選。その後3回落選した。 1898年の第6回衆議院議員総選挙において山形1区から憲政党公認で立候補して初当選する。以来当選7回。
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