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小幡儼太郎

おばた げんたろう
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小幡 儼太郎(おばた げんたろう、1848年12月17日(嘉永元年11月22日)– 1909年(明治42年)7月8日)は、明治期の漢学者、政治家。衆議院議員。幼名・正己。号・楽山、水哉。 紀伊国名草郡和歌山城下(和歌山県和歌山区を経て現和歌山市)で、和歌山詰、紀伊田辺藩士・小幡儀左衛門の長男として生まれる。父は早くに没した。 1868年(明治元年)京都で僧・天章に漢学を師事し、その後、大坂の並河華、兵庫の菅野健助に学び、さらに、東京の安井息軒、塩谷宕陰、伊勢の土井有恪に師事した。牟婁郡田辺城下で漢学塾を開き子弟の教育を行った。 1873年(明治6年)第七大区学区取締に就任し、同区一小区長、西牟婁郡書記を歴任し、1881年(明治14年)に退職。

出典:ウィキペディア「小幡儼太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋