津野 海太郎(つの かいたろう、1938年4月6日 - )は、日本の演出家・編集者・評論家。元晶文社取締役、和光大学名誉教授。NPO法人共同保存図書館・多摩、顧問。 福岡県生まれで、川崎に育つ。本姓・鈴木。東京都新宿区立落合中学校から東京都立戸山高等学校を経て早稲田大学第一文学部国文科卒。 大学時代は「演劇研究会」に所属していた。在学中の1961年に、中学時代からの仲間の草間暉雄の劇団「独立劇場」に参加する。だが、草間は設立後に持病を悪化させて25歳で亡くなる。 大学卒業後の1962年に、アルバイト生活を経て、『新日本文学』編集部員に補欠で採用される編集者となる。その直前、新日本文学会を支配していた共産党との関係が崩れメディアも大きく報じた時代だった。
出典:ウィキペディア「津野海太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
