中島 辰次郎(なかじま たつじろう、1916年3月 - 1989年6月22日)は大日本帝国陸軍の特務機関員。戦後はキャノン機関や公安警察の協力者であったとされる。 千葉県出身。東京府立第三中学校(現・東京都立両国高等学校・附属中学校)卒業。第二次世界大戦中は日高富明大佐の部下で陸軍特務機関員。 1960年12月24日に起きた漁船の船長らによる密出国事件「旭洋丸事件」の一審判決(松江地方裁判所浜田支部)における認定では、中島はかつての関東軍の特務機関員であり、終戦後には在日米軍の情報員となり、以後、「内閣調査室」「韓国景武台機関」に籍を置き、共産圏国家の情報蒐集にあたったとされている。 1963年9月、有楽町の喫茶店「ナイル」で、砒素の入ったコーヒーを飲まされ、暗殺されかかるが、応急処置で九死に一生を得る。
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