紀平 悌子(きひら ていこ、1928年〈昭和3年〉2月2日 - 2015年〈平成27年〉7月19日)は、日本の政治家。元参議院議員(1期)、元日本婦人有権者同盟会長。旧姓佐々。 福岡県福岡市に生まれるが、父佐々弘雄が九大事件で失職し、東京都港区に転居する。実家目前の、東京府立第三高等女学校(現東京都立駒場高等学校)に通う。4年時に飛び級で旧制聖心女学院に入る。戦中の混乱で休学するも戦後新制聖心女子大学専門部歴史科を卒業。 1948年10月9日、父の佐々弘雄が参議院議員在職中に病死。 1949年、新聞記者であった紀平行雄と結婚し紀平姓となる。しかし行雄はすぐに肺結核で倒れ、失業した。困り果てた悌子は、父親が生前褒めていた市川房枝を訪ねる。
出典:ウィキペディア「紀平悌子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
