頼 惟勤(らい つとむ、1922年〈大正11年〉2月2日 - 1999年〈平成11年〉7月15日)は、日本の中国学者。お茶の水女子大学名誉教授。頼聿庵の末裔。 東京府生まれ。父は東京高等学校教授の頼成一で、惟勤は頼山陽の6代目の子孫(山陽の子・聿庵の末裔)。1939年(昭和14年)(旧制)私立武蔵高等学校卒業後、1943年(昭和18年)学徒出陣で、東京帝国大学文学部支那哲学支那文学科を繰り上げ卒業し出征。1944年(昭和19年)、海軍少尉。1945年(昭和20年)、中尉。 復員後は、倉石武四郎の世話で京都帝国大学教務嘱託。1949年(昭和24年)、東京大学文学部副手。1952年(昭和27年)、お茶の水女子大学専任講師、のち1959年(昭和34年)に助教授、1964年(昭和39年)に教授。
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