小堀 杏奴(こぼり あんぬ、1909年〈明治42年〉5月27日 - 1998年〈平成10年〉4月2日)は、日本の随筆家。東京府出身。 森鷗外と後妻・志げの間の次女として東京市本郷区千駄木町(現・東京都文京区千駄木)に生まれた。1913年(大正2年)12月1日、仏英和高等女学校の幼稚園に入園。1915年(大正4年)、仏英和尋常小学校に入学。しかし、弟類が誠之尋常小学校になじめず、たびたび杏奴のいる仏英和尋常小学校に来たため、4年生のときに類の通う誠之尋常小学校に転校した。当時、類が通学路で他校の児童からいじめられそうになると、持ち前の気の強さから「うちの弟をどうするのよ」といじめっ子たちを板塀に押しつけて類をかばい、類の友人の間で尊敬されていたという。
出典:ウィキペディア「小堀杏奴」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
