楠田 浩之(くすだ ひろし、1916年4月14日 - 2008年9月13日)は、日本の撮影技師である。名の読み「ひろゆき」は誤りである。 1916年(大正5年)4月14日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれる。 旧制・京華中学校(現在の京華高等学校)を卒業する。1934年(昭和9年)、松竹蒲田撮影所に入社、撮影部に配属されて撮影助手となる。小原譲治、厚田雄春らに師事する。1936年(昭和11年)、撮影所が蒲田から新設の松竹大船撮影所に引越し、楠田も異動になる。 1943年(昭和18年)、技師に昇進し、木下恵介監督の第1作『花咲く港』で、木下とともに一本立ちする。また、翌1944年(昭和19年)に木下の妹の芳子(のちに脚本家として活動する)と結婚する。
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