落合 寛茂(おちあい かんも、1897年(明治30年)11月5日 - 1972年(昭和47年)4月15日)は、明治末から昭和期の僧、政治家。衆議院議員(1期)、天台宗大僧正。 長野県小県郡傍陽村(真田町を経て現上田市真田町傍陽)出身。12歳で得度受戒。天台宗中学(現駒込中学校・高等学校)を経て、1919年(大正8年)天台宗大学(現大正大学)専門部を卒業した。その後、東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科で学んだ。 実相院(上田市)住職に就任。天台宗宗務庁教学部で勤務し、信濃毎日新聞社客員として漫画、漫文などを掲載した。1935年(昭和10年)茨城県結城郡大花羽村大輪(水海道市を経て現常総市大輪町)の安楽寺特命住職に転任。
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