小泉 信三(こいずみ しんぞう、1888年(明治21年)5月4日 - 1966年(昭和41年)5月11日)は、日本の経済学者。慶應義塾長、帝国学士院会員を歴任。 イギリス古典学派のリカード研究のほか、日本における社会思想研究の先駆者として活動するとともに、マルクス主義への容赦ない批判者として、自由主義の立場から『資本論』の内容をめぐって河上肇や、櫛田民蔵との活発な論戦を展開した。1933年(昭和8年)から1946年(昭和21年)まで慶應義塾長を務めた。東宮御教育常時参与として皇太子明仁親王(第125代天皇)の教育責任者にもなり、皇室の近代化に努めた。学士院会員、コロンビア大学名誉文学博士、文化勲章受賞、名誉都民、野球殿堂入り。
出典:ウィキペディア「小泉信三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
