福原 峰夫(ふくはら みねお、1957年9月20日 - )は、東京都墨田区出身の元プロ野球選手(内野手)、プロ野球コーチ。 現役時代は、NPBパシフィック・リーグの阪急ブレーブス(1989年からオリックス・ブレーブス、1991年からオリックス・ブルーウェーブ)一筋で二塁手として主に守備で活動。好守備を見せた一方で、打撃面でも意外性を持っていた。引退後は、オリックスをはじめ、日本(NPB)・韓国(KBO)各球団でコーチを歴任。 選手時代の愛称は「ミネ」または「ちん」。 修徳高校時代は野球は高校でやめるつもりでいたが、当時の部長の強い勧めで仕方なく法政大学に進学。江川卓の2年後輩であり、江川世代の卒業後は東京六大学リーグ優勝には届かなかった。
出典:ウィキペディア「福原峰夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
