佐野 勝稔(さの かつとし、1945年6月25日 - 2024年8月31日)は、神奈川県藤沢市出身の元プロ野球選手。ポジションは主に二塁手。 横浜高校では、三番打者、二塁手として1963年夏の甲子園に初出場。準決勝に進むが、和田徹のいた明星高に敗れる。明星高はこの大会で優勝。高校同期にエースの井上健仁(東映)、1年下に控え投手の平岡一郎がいた。 駒澤大学へ進学。東都大学野球リーグでは1964年春季リーグで優勝を経験。1967年秋季リーグでは首位打者を獲得し、同季のベストナイン(二塁手)に選出される。大学同期に当銀秀崇、後原富がいた。 卒業後に河合楽器へ入社。1968年の都市対抗に出場。決勝に進むが富士製鐵広畑の神部年男に抑えられ0-1で完封負け、準優勝にとどまる。
出典:ウィキペディア「佐野勝稔」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
