丹波 幹雄(たんば みきお、1974年9月30日 - )は、神奈川県横浜市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 横浜高校で1年から投手としてベンチ入りしたが、肘を痛め1年冬に退部。以後野球からは離れていたが、1995年8月17日に当時の横浜高校野球部の2年生エースで4番打者、将来を嘱望されていた弟・慎也が心臓発作を起こして急逝。その後弟の遺志を継ぐべく、1996年から社会人野球のクラブチームであるWIEN BASEBALL CLUBに入って野球を再開した。 1998年のドラフト会議でヤクルトスワローズに8位指名され入団。当時、小倉恒以来6年ぶりとなるクラブチームに所属する選手としての指名だった。
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