吉川心水(よしかわ もとみ、1947年(昭和22年)1月12日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の陶芸家。 同じく益子町の益子焼の陶芸家である吉川水城は実兄である。 白化粧を施し、道具を用いた草花文の掻き落としに釉薬で色彩を施した作品が主に知られている。 1947年(昭和22年)1月12日、神奈川県小田原市に生まれる。 神奈川県小田原市の私立相洋高等学校を卒業後、物を作るのが好きだった心水は東京芸術大学受験に挑んだが、4回の失敗の後、芸大進学を断念した。 実家は人形などを売る老舗であったが故郷に戻らず、漆器に魅せられ漆芸家を夢見ていたが、著名作家の下で修行を積まなければならず、材料となる長い間寝かせ自然乾燥させた木の生地が手に入らない状況だったこともあり、こちらも諦めた。
出典:ウィキペディア「吉川心水」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
