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金

金子鋭

かねこ とし
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金子 鋭(かねこ とし、1900年(明治33年)3月17日 - 1982年(昭和57年)2月24日)は、日本の銀行家。位階は従三位、勲等は勲二等。 富士銀行頭取、会長。第6代プロ野球コミッショナー。ドラフト制度導入に尽力したことで知られる。 旧制新潟県立小千谷中学校、旧制第七高等学校造士館を経て、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。帝大時代は大正デモクラシーの時代でもあり、蠟山政道、福岡誠一らと社会改良に関して語り合う一本筋の通った青春時代を送った。 1924年(大正13年)安田銀行に入行(後に富士銀行に改称)。49年副頭取、 57年頭取、63年会長、75年顧問。 明治生まれの硬骨のバンカーとして知られ、会長に退いてからは財界で活躍し、大の巨人軍ファンであったことから、政財界人で後援組織「無名会」を結成し、会長を務めた。

出典:ウィキペディア「金子鋭」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋