小澤 英明(おざわ ひであき、1974年3月17日 - )は、茨城県行方市(旧・行方郡北浦町)出身の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 北浦中学校2年生の時に全国中学校体育大会に出場した。水戸短大附属高校卒業後は地元の鹿島アントラーズに入団。古川昌明の前に出場機会に恵まれなかったが、1994年11月にJリーグ出場初出場。無失点勝利に貢献した。アトランタオリンピックに臨むU-23日本代表で監督を務める西野朗からは体格の良さや向上心を買われ、同代表候補の川口能活とポジションを争っていたが、椎間板ヘルニアの悪化により代表を辞退した。 1997年、腰の手術を勧める鹿島のスタッフと対立しシーズン途中に自主退団。
出典:ウィキペディア「小澤英明」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
