中谷 治宇二郎(なかや じゅうじろう、1902年〈明治35年〉1月21日 - 1936年〈昭和11年〉3月22日)は、日本の考古学者。筆名は中谷杜美。物理学者・中谷宇吉郎の弟。 1902年(明治35年)1月21日、中谷宇一の次男として石川県江沼郡片山津町(現・加賀市)に生まれる。中学生の頃は文学を志し、同窓生たちと発行した同人誌『跫音』に発表した小説「独創者の喜び」が芥川龍之介の目にとまったことがある。 1919年(大正8年)、小松中学校を卒業し、約1年間、作見村小学校で代用教員として奉職する。1920年(大正9年)に上京し、菊池寛の内弟子として身を寄せて新劇運動に参加し、1921年(大正10年)に金沢新報の記者としてシベリア出兵に従軍する。
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