平瀬 作五郎(ひらせ さくごろう、安政3年1月7日(1856年2月12日) - 大正14年(1925年)1月4日)は、明治・大正期の植物学者。 1856年、福井市日之出町にて、福井藩士平瀬儀作の長男として生まれる。1872年、福井藩中学校(現・福井県立藤島高等学校)に入学、加賀野井成是に油絵を学ぶ。卒業後、同校の中進業生図画教授助手を拝命。1873年、山田成章の写実派油絵を学ぶために上京。 1875年、東京での油絵留学から帰郷し、岐阜県の中学・遷喬館(現・岐阜県立岐阜高等学校)に図画教員として就職した。1887年に退職するまでの13 年の教員生活の間に、図画教科書として『画学初歩』、『用器画法』、『図画指要』、『小学用器画法』を出版するなど、製図・図画の教育や普及への貢献も顕著である。
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