山口 光國(やまぐち みつくに、1961年12月18日 - )は、日本の理学療法士、スポーツ指導者。 長野県出身。上田東高校から日本サッカーリーグ1部の日立製作所サッカー部(現:柏レイソル)に1980年と1981年の2シーズンにかけて所属したがリーグ戦の出場はなかった。その後、都立府中リハビリテーション専門学校を経て昭和大学藤が丘病院に勤務。 2005年、プロ野球選手としての経験はないなかでサッカーでは認知度が高いフィジカルコーチのポストに、当時プロ野球の横浜ベイスターズの監督であった牛島和彦に請われて就任し、2006年までの2年間にわたりチームをサポートし、肩の故障者を出さないことに尽力した。
出典:ウィキペディア「山口光國」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
