韮沢 忠雄(にらさわ ただお、1922年 - 2007年)は、日本のジャーナリスト。日本共産党で赤旗編集局長等を歴任し、既存マスコミの報道におけるタブーへの批判などを展開した。 長野県小諸町生まれ。実家は洋服屋。小諸商業学校(現長野県小諸商業高等学校)を経て、旧制東京商科大学(現一橋大学)に進学。大学在学中金沢で陸軍に勤務。高島善哉ゼミ出身。 大学に復学後、共産党シンパの学生らで組織された民主主義科学研究会(民研)に本間要一郎(のちに横浜国立大学名誉教授)、岡稔(のちに一橋大学教授)、佐藤定幸(のちに一橋大学名誉教授)らとともに参加し、主要メンバーとして活動した。民研はのちに、学生自治会委員長となった弓削達(のちに東京大学名誉教授)から批判を受けるなどし解散して社会科学研究会に改組した。
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