髙見澤 將林(たかみざわ のぶしげ、1955年〈昭和30年〉9月4日 - )は、日本の防衛官僚。長野県南牧村出身。軍縮会議日本政府代表部大使。 長野県野沢北高等学校卒業後、東京大学法学部を経て防衛庁採用。米国国防総合大学に留学した米国通で、日米弾道ミサイル防衛を推進した。 第30代防衛事務次官の西正典は東京大学の同期。 自衛隊の部隊運用を担当する防衛局運用課長、防衛政策課長や防衛政策局長を務めるなど有力な事務次官候補であった。 姓の「髙」は「高」の異体字かつ「澤」は「沢」の旧字体、また名の「將」は「将」の旧字体であるため、「高見沢 将林」「高見澤 将林」「高見沢 將林」などの表記も見られる。
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