河村 目呂二(かわむら めろじ、1886年 - 1959年9月26日)は、大正時代から昭和時代にかけての日本の芸術家・彫刻家。本名は弘。1934年の元旦より河村 龍興として活動をした。 岐阜県揖斐郡宮地村願成寺(現・池田町)生まれ。大垣中学校を卒業後、大阪医学専門学校に入学するが、芸術家への道を捨てきれず、一年で中退し、東京美術学校に入学し、彫塑科を卒業。幼少時より美術が好きであったと同時に音楽も好きであつたため、「メロディ」と「竹久夢二」の語呂合わせで目呂二と号した。猫好きの芸術家であり、招き猫などを多く手がけたことから、「猫の芸術家」「招き猫アーティスト」として知られる。文筆家・随筆家としての顔も持つ。
出典:ウィキペディア「河村目呂二」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
